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『証券分析』 3

 『証券分析』読書メモ。

第5章 証券の分類
新しい(証券)分類の提案。
I.投資適格の債券・優先株
II.投機的な債券・優先株
 A.転換社債など
 B.二流の上位証券
III.普通株

「第2部 確定利付き証券」「第3部 投機的な性質を持つ上位証券」については、上記I・II(債権と優先株)についての分析が主な内容で、あまり興味がもてなかったのでメモは省略。じっくり読めばグレアムの”安全域”の考え方がよくわかるかもしれません。

「第4部 普通株の投資理論」
第27章 普通株の投資

 普通株の分析の歴史について。戦前(第一次世界大戦前)は、確実に継続して支払われる配当、安定した収益実績、十分な有形資産による裏付けなどの要素により投資が行われた。戦後から1929年をピークとする株式ブーム期(大恐慌まで)にかけての新しい時代には「普通株の価値はすべて将来の収益によって決まる」ようになった。このような戦後の考え方は、戦前には”投機”とされていた。
 この「新しい時代の理論」により、PER10倍の公共事業株がPER35倍で売られていても、株価が高すぎるのではなく、投資家の価値の基準が変わったと考えられた。このため、株式の価格の上限が失われてしまった。こうした「素晴らしい投資理論」に従い、多くの人々が株式市場になだれ込んだ。
 このような新しい理論の立役者となったのは投資信託であった。従来の投資信託は、不況期の安いときに株を買い好況期に高値で売る、多くの分野と国に分散投資する、過小評価された銘柄を探し出しそれに投資するといった投資原則を持っていた。しかし、多くの投資信託が強気相場のなかで設立されたため、投資信託は調査と分析を行わなくなり、「上向きの収益トレンドを描く有望株」を値段を問わずに買うようになった。しかし、「収益トレンド」をベースとした株式の価値は完全に恣意的なもので、論理的な根拠はなにもない。

第28章 普通株の投資基準
 「妥当な株価」に関する基準は普通株の投資理論にとって不可欠なものである。新しい時代の理論の大きな欠陥は明確な基準がないことである。過去から現在の業績に基づく基準を適用しなければ株価に上限がなくなり、株式投資は”投機”に変質する。たとえこうした基準が不合理であったとしても、数量的基準を無視して株価にまったく上限がない状態よりははるかにましである。
 普通株の投資原則は保険会社のアプローチにかなり似ている。保険会社は、個別のケースでは支払保険料が受取保険料をかなり上回ることもあるが、保険業界全体としてはちゃんと利益が出ている。普通株の投資においても、将来の見通しを慎重に判断し、個別銘柄の予想外のリスクを平均化するために分散投資を心がけるべきである。
 投資家が株式の本質的価値に目を向けると言っても、それは株価にまったく無関心であるという意味ではない。時価が購入価格を十分に正当化している場合に限ってその株式は魅力的である。また、インカムゲイン・キャピタルゲインの増大が期待できる場合はその株式を継続して保有してよいが、株式の価値が低下したり、株価がその価値を正当化できない水準にまで上昇した場合は迷うことなく売却すべきである。
 1927~33年の株式市場の大変動が普通株の合理的な投資という考え方に大きな打撃を与えた。多くの投資家が株式投機のほうに足を踏み外さないで、投資スタンスをしっかりと保つことが出来るかどうか確信はもてない。しかし、今後普通株の安全な基準を確立する可能性について、悲観的には考えていない。1927~33年のような激しい乱高下は相場の歴史上でも異常な事態である。



 次に続きます(多分)。
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[ 2006/10/11 21:24 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(0)

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