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『「個」を見つめるダイアローグ』

 またまた本のご紹介。
「個」を見つめるダイアローグ「個」を見つめるダイアローグ
村上 龍 伊藤 穰一

ダイヤモンド社 2006-05-26
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 村上龍と伊藤穣一(この本を読むまで知りませんでした)の対談。”外部”から見た日本が対談のメインテーマとなっています。村上龍の発言についてはいつものエッセイの通りなので、特に目新しい話も無く相変わらず日本人の危機感の無さや既存メディアの限界に関する話題が多かったような気がします。相変わらずなるほどなぁと思う部分もある反面、日本文化の持つ非合理性や閉鎖性への批判については、最近司馬遼太郎のエッセイをよく読むせいか、イマイチ同意しかねる部分もあります。

 日本的曖昧さ、”察する”というコミュニケーション、問題の先送り、責任の所在がはっきりしない社会などは、確かに合理的ではないでしょうし、日本の文化には普遍的な価値観とはなり得ない部分が多くあるのは確かだと思うのですが、だからと言ってすべての日本人が合理的かつ開放的にならなくちゃいけないってのも無理があるような気がします。

 伊藤氏のあとがきに「『忘れられた島国』になるまえに、もっともっと対話を積み重ねてほしい。」という一文がありますが、もともと極東の小さな国なんだから、世界から見放され、忘れられた国であっても、そこに住む人々が自分の文化に誇りを持って幸せに生きていける国であれば、それで充分ではないかと思ったりします。アジアや世界に影響を与えるような大国ってのは日本人には向いてないでしょうし(過去に一度失敗してるし)、このまま枯れた国家、よく言えば成熟した大人な国家、になっていくのがこの国にとって一番よい方向性なのかもしれません。また、そのためには経済的に貧しくなっていく一方では困るので、日本人が今まで蓄えた資産を将来に渡ってきっちり守れるだけのしたたかさを持つことも必要になるとも思います。
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[ 2006/07/11 23:40 ] 読書・映画・その他 | TB(0) | CM(0)

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