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『草原の記』

『草原の記』読了。
草原の記草原の記
司馬 遼太郎

新潮社 1995-09
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 司馬遼太郎による、モンゴル或いはモンゴル人に関する文章です(エッセイとも小説ともつかないので、”文章”としておきます・・・)。古代モンゴル草原の主である匈奴から始まって、現代に生きるモンゴル人女性”ツェベクマ”さんに至る7つの文章は、なんともまとまりがない感じですが、かえってそれが”モンゴル”らしい感じがします。

 実は私の大学時代の専攻は東洋史(中国史)で、なおかつ北方騎馬民族と漢民族が争っている時代(争っていない時代のほうが少ないですが・・・)をテーマとしていたのですが、この本の一番初めの章で語られる、遊牧民(北方騎馬民族)と農耕民(漢民族)の争いの原因に関する記述が、私にとっては意外で興味深いものでした。中国(漢民族)の歴史は日本がまだ石器時代であった頃からすでに文字による記録として残されており、北方騎馬民族も秦の始皇帝が初の中国統一国家を建国する前から歴史書に登場します。漢民族による歴史書では、常に北方騎馬民族は侵略者たる”蛮族”として描かれますが、逆に遊牧民である北方騎馬民族は殆ど記録というものを残していません(例外といえば元朝くらいではないでしょうか)。

 著者の想像はそこで少し飛躍します。実は、侵略者であったのは漢民族ではなかったかと。漢民族の人口増加による農耕地の拡大が遊牧民の草原を荒らすこととなり、それを武力で駆逐するために歴代の遊牧民たちは漢民族と争ってきたのではないかと、著者は言うのです。現に、最近よくニュースとなっている黄砂の問題は、現代中国が国家レベルで内モンゴルを農耕地化しようとし、それが失敗して草原が砂漠化したことにより発生しています。一度砂漠化した草原は元に戻すことが不可能らしく、現在では北京近辺まで砂漠化が進んでいると聞きます。文字として記録されている歴史を勉強していた私にとっては、モンゴル人は野蛮な侵略者として印象に残っているのですが、この本を読んで大きく印象が変わりました。

 昔、一度だけ内モンゴルに旅行したことがあります。北京から内モンゴル自治区最大の都市であるフフホト(呼和浩特)まで12時間列車に乗り移動し、そこから車で数時間かけてフフホト北方の草原(といっても観光地化された場所なので厳密には”本物の草原”とは言えないかもしれません)にたどり着きました。草原に至る途中の土地は農耕地もしくは半砂漠化していたのが今でも印象に残っています。

 無謀にも秋の終わりに旅したので、すでに草原は原野に近い状態で、青々とした草原というものは見れませんでした。それでも、四方がすべて地平線という風景は私にとっては新鮮で、はしゃぎまわってこんな写真まで撮ってました。
↓真ん中に写ってる小さい人影が私です。
mongu1.jpg


 草原では半日ずっとモンゴル馬に乗り、夕暮れには西の空から東の空へ、空の色が少しずつ移り変わっていく美しい風景に感動しました。真っ青な空が西から東へ、オレンジから紫、濃紺へと移り変わっていく空の色は今でも忘れられません。

 オマケ。(↓)約10年前の私。若いー!細いー!(笑
mongu2.jpg
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[ 2006/04/24 23:45 ] 読書・映画・その他 | TB(1) | CM(2)

お久しぶりです

ご無沙汰してます。
来月29日より6月5日までモンゴルに行ってまいります。
[ 2006/04/25 11:30 ] [ 編集 ]

ご無沙汰ー

ええなー、モンゴル。
って、行くのは内モンゴル?モンゴル国?
帰ってきたらmixiにでも写真付レポート書いてよ!

僕もいつかまた、もう一度中国の辺境を旅したいです。
[ 2006/04/25 11:36 ] [ 編集 ]

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草原の記

読み:そうげんのき ジャンル:紀行文 内容 史上空前の大帝国をつくりだしたモンゴ...
[2006/04/25 12:16] URL 司馬遼太郎を読む