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『中国はいかにチベットを侵略したか』

 以前、チベットの旅行記を書いたときにチベットに関していろいろ調べているうちに見つけた本です。図書館で借りて読了。
中国はいかにチベットを侵略したか中国はいかにチベットを侵略したか
マイケル ダナム Mikel Dunham 山際 素男

講談社インターナショナル 2006-02
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 旅行当時からラサ市内外に立つ歩哨や人民解放軍の駐屯地を見たり、最も弾圧が厳しかったと言われるチベット東部(四川省との省境)への外国人立ち入り禁止措置などから、チベットは占領地なんだと感じていましたが、この本でチベットの近代史に関する認識が改まりました。チベット解放軍がCIAの援助を受けていたこと、チベットのゲリラ兵が沖縄で訓練を受けていたことなどはまったく知りませんでした。

 若い頃は『中国の赤い星』などを読んで人民解放軍は理想的な軍隊だなぁなんて無邪気に感心してましたが(創成期は実際そうだったのかもしれませんが)、中国統一後の周辺地域への侵攻の記述などを見ると、中国人の中華思想の根強さを感じます。

 現在のチベットは当時に比べればかなり豊かになっているのでしょうが、肝心のチベット人はそれについてどう考えているのか気になる一冊でした。青蔵鉄道の建設などについては、チベットの中国化を押し進めるものとして苦々しく思っているチベット人が多いのかもしれません。
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[ 2007/04/09 21:21 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(4)

『証券分析』 8

 『証券分析』読書メモ。最終章です。

第52章 マーケット分析と証券分析
「チャートリーディングは科学ではないし、それによって成功し続けることはあり得ない。」
 もしこれが科学とすれば、それによる結論は原則として信頼できるものだということになる。仮にそうだとすれば、明日や来週の価格変化をだれもが予測し得るということであり、つまり、正しいタイミングで売買すれば全員が継続的に利益を得られるということになる。これは絶対あり得ない。

(メカニカルなマーケット予測の第二のタイプ)さまざまな経済的要因を表す指標を作り出し、これらの指標の変化を観察することでマーケットの差し迫った変化を予測するという手順で行われる。~中略~これらすべてのシステムの必然的弱点は、時間的要因にある。例えば「金利が高いといずれマーケットは急落するだろう」という予測をするのは安易かつ安全である。問題は、それがいつになるか、ということだ。この問題に科学的に解答を下すのは不可能だ。

(証券分析と比較したときのマーケット分析の劣位性)証券分析では、不測の事態に対する防御ということに最大の重点が置かれる。その根底にあるのは、たとえその証券が結果的に思ったより魅力のないものだった場合でも、その投資は納得のいくものになる可能性がある、という考え方である。マーケット分析には安全余裕率(安全域)などどいう概念はなく、正しいか間違っているかのどちらかであり、もし間違っていたとすれば虎の子を失うのだ。

 マーケット分析のほうが証券分析よりも簡単に思えるし、手早くより大きな利益を得られる可能性もある。まさにこのことが原因となって、長期的には期待外れの結果となる公算が大きいのだ。ウォール街にもそれ以外の場所にも、一攫千金のための確実な方法など存在しないのである。



 グレアムは最終章で、証券分析(=割安株投資?)は賢明な投資家にとって、より成功しやすい分野であると述べています。この本が出版されてから70年以上経っていますが、いまだにマーケット(テクニカル)分析による投資手法が衰退しないのは不思議な気がします。テクニカル投資には何か人の心を掴んで放さないような魅力があるのでしょうか・・・。テクニカル分析はまったく勉強していないので私にはわかりません。

 グレアムのこの1934年版『証券分析』以前にこのような投資手法が提唱されていなかったとすれば、この本が「投資家のバイブル」といわれる理由がよくわかるように思います。これまでとメモとして引用した文章は、私が今まで読んできた投資関連の書籍のどこかで読んだことがあるような文章ばかりだったような気がします。バリュー投資を志すならとりあえず一回は読んでおくべき書籍かと思います。

 ちなみに、ページ数は多い(954ページ)ですが、活字は意外に大きいですし、読み飛ばしてもかまわない章もいくつかあるように思います。グレアム信者ならきっちり全部読むべきでしょうが(笑。本の厚さと重さが敬遠される理由のように感じます。まだまったく手を付けていないマッキンゼーの『企業価値評価―バリュエーション;価値創造の理論と実践』に比べれば、まだ敷居は低いと思います。

証券分析 【1934年版第1版】証券分析 【1934年版第1版】
ベンジャミン・グレアム デビッド・L・ドッド 関本 博英

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 多少お値段は張りますがお薦めです!

[ 2006/11/08 21:19 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(2)

『証券分析』 7

 『証券分析』読書メモの続き。いよいよ残り数章です。

第50章 価格と価値の矛盾
 われわれが詳述してきた証券分析内容には、過大・過小評価された証券のさまざまな例が含まれていた。証券市場がそのような評価を下すプロセスは、どうやら非論理的かつ誤りであることも少なくないようだ。第1章で指摘したように、これらのプロセスは証券を売買する人の心のなかで進行していくものなので、自動的ではなく心理的なものである。よってマーケットの間違いは、個人の集団の間違いだ。その間違いの大半は、3つの基本原因のひとつ以上が引き金となっている。それらは、誇張、過剰な簡略化、怠慢-以上の3つである。

(知名度の低い「二流」証券が秘めるチャンス)主力銘柄が過大あるいは過小評価されていると言えるのは、相場サイクルがある一定のポイントにあるときだけであるが、数多く存在する「無名の」つまり「二流の」銘柄群のなかには、常に過小評価されている銘柄が存在する可能性が高い。



 第50章・51章では景気循環(強気相場と弱気相場)により生じる価値と価格の矛盾、過小評価されやすい知名度の低い証券、企業の合併・分割への過剰反応、訴訟が絡んだ証券の投資、破産管財人管理下の企業への投資などについて触れられています。特定の状況下における割安銘柄の発掘と言えば、この本、『グリーンブラット投資法 - M&A、企業分割、倒産、リストラは宝の山』を思い出します。『証券分析』ではグリーンブラットの本ほど具体的な内容が書かれているわけではないですが、基本的な考え方はグレアムもグリーンブラットも同じであるように思います。

 また、グレアムはこの章で株価の周期的な変動(強気相場と弱気相場)を利用して「安く買って高く売る」というやり方を実行することが可能かどうか述べています。例えば、PER10倍以下の銘柄で分散されたポートフォリオを組み、PER15倍程度まで上昇したら売却するという方法を繰り返すことにより、「今後は通常の相場サイクルが続く」と仮定すれば、満足いく結果を得られるだろうと述べています。

 ただし、当時の異常な相場サイクル(大恐慌)の場合、この方法では株価が騰がりきる数年前に全ての持株を売却ることになり、その後数年間の大幅な株価上昇の恩恵は得られず、なおかつ大恐慌後に再度買いを入れたところで、その後のもっと深刻な株価下落にさらされることになるという状況になり、この手法では「極度の心理的負担を強いられることになったであろう」としています。

[ 2006/11/05 21:18 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(0)

『証券分析』 6

 『証券分析』読書メモの続き。バランスシートの分析及び有名な「清算価値」についての記述です。

第42章 バランスシートの分析-帳簿価格の重要性
 自分には知性があると自負する株式投資家は、少なくとも自分がその企業に実際どれだけのお金を支払っているか、そして支払ったおカネに対してどれだけの有形資産を得られるのかということについて、少なくとも自分なりの答えを出せるようでなければならない。
 企業の株価にプレミアムがつくのは、資本に対して高い収益を実現し、この高収益が競争相手たちをひきつけているからであり、一般的にそうした状況は永遠には続かない。逆に言えば、大幅なディスカウントで売られている企業は並外れて収益が低いということだ。新たな競争相手が現れないまま過去の競争相手たちが去り、経済状態が変化すれば、いずれこの状況は回復に向かい、投資による利益率も通常レベルまで戻るはずだ。

第43章 流動資産価値の重要性
(清算価値の計算)一般的に、非流動資産を現金化すれば当座資産の現金化に伴う資産の目減りをほとんど埋め合わせることが出来る可能性が高いと言ってよいかもしれない。つまり、流動資産価値は清算価値をはかるおおまかな目安になるというのが、われわれの第一の主張である。

(割安証券)①流動資産以下で売られている、②その流動資産が消滅する危険性はないように思える、③過去その市場価格に見合わないほど高い収益力を示してきた-といったような普通株は、割安銘柄グループだと言えそうである。そうした株は、実際の株価よりもずっと高い価値を有しているということに疑いの余地がなく、また、株価と価値の差が大きいためにいずれは価値が株価に反映される可能性がかなり高い。こうした株が安値圏にあるとき、これら割安株は実際に高い安全性を有しており、その安全性によって資本損失のリスクが相対的に低くなる。


 以前から、グレアムの「清算価値」の計算方法がなぜ”流動資産-負債”なのか気になっていたのですが、その理由がはっきりしました。上記引用文にあるように、清算価値を計算する場合にグレアムが設定した現金資産や売掛金、棚卸資産等の各項目の掛け目(100%~50%)による流動資産の目減りと、土地や建物、機械設備等の掛け目(1%~50%)による固定資産の残余価値はほぼ同じになる可能性が高いことから、単純に流動資産から負債を差し引いた数値を「清算価値」としているようです。

 ひとつ疑問が解けてすっきりしました。

[ 2006/11/03 13:29 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(6)

『証券分析』 5

 やっと『証券分析』読み終わりました。

 引き続きコレはと思う部分をメモ。

第31章 損益計算書の分析
(収益力だけを重視する誤り)現在ではその会社の収益力だけを見て普通株に投資することが一般的な慣行になったが、企業の実体と投資基準の間には大きな隔たりがある。-中略-経験豊富な投資家の目から見ると、損益計算書にはバランスシートよりも多くの記述ミスや恣意的な推定値が盛り込まれていることである。

第37章 過去の決算数字
(数量的分析は質的分析で補完)企業の決算数字を分析する場合には、次のような証券分析の重要な原則を念頭に置くべきである。「企業の数量的データは、それが質的分析の結果によって裏付けされている場合に限り有効である。」

第39章 普通株の株価収益率
(正確な評価基準など存在しない)証券アナリストは特定の普通株の「適切な価値」について一般的な原則など示すべきではない。そのようなものは実際には存在しないからである。-中略-当期利益が常に変化していることを考えれば、それをベースに普通株を評価するというその考え方自体がおかしいことになる。10倍とか15倍などというPERは基本的には恣意的な基準でしかないのである。

(普通株の投資)PERは必要条件ではあっても絶対条件ではない。その会社の財務力、経営陣の能力、業績見通しなどにも十分に目を配る必要がある。-中略-普通株が、①保守的な投資家のおカネを投資するだけの十分な価値がある、②将来の業績見通しが明るい-という2つの条件を満たすならば、その銘柄は将来的に値上がりする可能性はかなり高い。


 39章ではグレアムのPERに関する考え方が掘り下げられて記述されており、興味深い内容でした。引用はしていませんが、グレアムは普通株を投資目的で購入する場合のPERの最高値を16倍と設定しています。また、その場合のPERは最低でも過去5年間、できれば7~10年間の平均収益から計算すべきとしており、16倍という数値についても、「その会社の将来の収益が過去の水準を上回るという見通しがある場合しか受け入れられないかもしれない」とも述べています。

[ 2006/10/28 20:27 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(2)

『証券分析』 4

 『証券分析』読書メモの続き。

第29章 普通株の分析-配当
 配当率は単純な事実で分析の必要はないと思われるが、それが本当に意味するものを正しく理解するのはかなり難しい。(中略)適切な配当政策とは何かという点についても、経営陣と株主の基本的な考え方には大きな違いがある。このため普通株を保有する目的についても、①市場性ある有価証券を保有する、②その会社の利益権を持つ-というまったく異なる2つの考え方に基づいている。

(配当収入を目的とした普通株の投資)最近までの配当収入は普通株投資の大きな目的だった。その理由は、企業の主な目的が株主に配当を支払うという単純な論理に基づいている。

(配当しない政策)株主に配当という形で現在の利益を分配しない経営政策には、①財務力(運転資本)の強化、②生産能力の向上、③過大資本の是正-といったメリットがある。(中略)しかし、いわゆるそうした「保守的な配当政策」を株主が本当に無条件で納得しているというのは実はウソであり、現実は不承不承ながら受け入れざるを得ないというのが実像であろう。一般投資家が明日の利益より今日の配当を望むのは当然である。

(利益再投資の是非)
●大前提-会社にとって利益になることはすべて株主の利益にもなる
●小前提-利益を配当として株主に分配する代わりに社内に留保すれば会社の利益になる
●結論-利益を配当として払うのをやめれば、結果的には株主の利益になる
 この三段論法の間違いが大前提にあることは明らかであろう。「会社にとって利益になることはすべてオーナー(株主)の利益にもなる」といえるのは、その利益が社内に留保されるときに株主の犠牲が条件にならない場合だけである。株主に分配されない利益が会社内に留保されれば、その会社の財務力は強くなるかもしれないが、それがオーナーの利益となるかどうかというのは本当はまったく別問題である。
 例えば、1株当たりの利益が10ドルで7ドルの配当をしている企業の場合、差額の3ドルを毎年利益剰余金として留保すれば、その株式価値は数年後に大きく上昇するはずである。しかし実際には、その株式価値の上昇率は年3%の複利率よりはるかに小さいのである。その逆に、3ドルを配当に回して7ドルを社内に留保するとすれば、状況はいっそうはっきりするだろう。つまり大幅な利益の積み増しが株式価値の上昇をもたらすのは間違いないが、その上昇率が年7%の複利率になることなどまずあり得ないだろう。このように、利益の大半を再投資利益として社内に留保することの問題点は明らかである。


 利益の再投資と配当の関係については、『バフェットからの手紙』や『株式投資の未来』でも同じような内容が書かれていたように思います。利益を配当せず再投資することが認められるのは、投下資本に見合ったリターンにより、企業価値(株式価値)をさらに向上させることが出来る場合のみということになります。しかし、多くの企業は収益力を維持するために利益を再投資し、(理論的には)最終的に資本コストと収益率が等しくなるまで企業間の競争が続きます。もっとひどい場合、収益率が資本コストを下回ることさえあり得ると考えられます。

 安定した配当を行えない企業は収益力の維持に常に追加資本の投下が必要である(利益の再投資による企業価値の向上無し)か、過剰競争により収益率が資本コストを下回り、企業価値が漸減していると考えられます。強大な参入障壁や競争優位性がある企業には上記の考え方は当てはまらないと思いますが、原則的には無配の企業への投資は慎重に行うほうがいいように感じます。

[ 2006/10/13 22:12 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(4)

『証券分析』 3

 『証券分析』読書メモ。

第5章 証券の分類
新しい(証券)分類の提案。
I.投資適格の債券・優先株
II.投機的な債券・優先株
 A.転換社債など
 B.二流の上位証券
III.普通株

「第2部 確定利付き証券」「第3部 投機的な性質を持つ上位証券」については、上記I・II(債権と優先株)についての分析が主な内容で、あまり興味がもてなかったのでメモは省略。じっくり読めばグレアムの”安全域”の考え方がよくわかるかもしれません。

「第4部 普通株の投資理論」
第27章 普通株の投資

 普通株の分析の歴史について。戦前(第一次世界大戦前)は、確実に継続して支払われる配当、安定した収益実績、十分な有形資産による裏付けなどの要素により投資が行われた。戦後から1929年をピークとする株式ブーム期(大恐慌まで)にかけての新しい時代には「普通株の価値はすべて将来の収益によって決まる」ようになった。このような戦後の考え方は、戦前には”投機”とされていた。
 この「新しい時代の理論」により、PER10倍の公共事業株がPER35倍で売られていても、株価が高すぎるのではなく、投資家の価値の基準が変わったと考えられた。このため、株式の価格の上限が失われてしまった。こうした「素晴らしい投資理論」に従い、多くの人々が株式市場になだれ込んだ。
 このような新しい理論の立役者となったのは投資信託であった。従来の投資信託は、不況期の安いときに株を買い好況期に高値で売る、多くの分野と国に分散投資する、過小評価された銘柄を探し出しそれに投資するといった投資原則を持っていた。しかし、多くの投資信託が強気相場のなかで設立されたため、投資信託は調査と分析を行わなくなり、「上向きの収益トレンドを描く有望株」を値段を問わずに買うようになった。しかし、「収益トレンド」をベースとした株式の価値は完全に恣意的なもので、論理的な根拠はなにもない。

第28章 普通株の投資基準
 「妥当な株価」に関する基準は普通株の投資理論にとって不可欠なものである。新しい時代の理論の大きな欠陥は明確な基準がないことである。過去から現在の業績に基づく基準を適用しなければ株価に上限がなくなり、株式投資は”投機”に変質する。たとえこうした基準が不合理であったとしても、数量的基準を無視して株価にまったく上限がない状態よりははるかにましである。
 普通株の投資原則は保険会社のアプローチにかなり似ている。保険会社は、個別のケースでは支払保険料が受取保険料をかなり上回ることもあるが、保険業界全体としてはちゃんと利益が出ている。普通株の投資においても、将来の見通しを慎重に判断し、個別銘柄の予想外のリスクを平均化するために分散投資を心がけるべきである。
 投資家が株式の本質的価値に目を向けると言っても、それは株価にまったく無関心であるという意味ではない。時価が購入価格を十分に正当化している場合に限ってその株式は魅力的である。また、インカムゲイン・キャピタルゲインの増大が期待できる場合はその株式を継続して保有してよいが、株式の価値が低下したり、株価がその価値を正当化できない水準にまで上昇した場合は迷うことなく売却すべきである。
 1927~33年の株式市場の大変動が普通株の合理的な投資という考え方に大きな打撃を与えた。多くの投資家が株式投機のほうに足を踏み外さないで、投資スタンスをしっかりと保つことが出来るかどうか確信はもてない。しかし、今後普通株の安全な基準を確立する可能性について、悲観的には考えていない。1927~33年のような激しい乱高下は相場の歴史上でも異常な事態である。



 次に続きます(多分)。

[ 2006/10/11 21:24 ] 『証券分析』 | TB(0) | CM(0)

”10 days in Tibet” 最終回

 最終回です。

11月7日(10日目)
 朝9:30、皆がネパールに向けて出発した。
tibet11.jpg
(↑出発直前に撮影)
 みな行ってしまった。部屋に帰って、妙に寂しく感じた。1週間程度の付き合いだったのに、随分親しくなったものだ。
 銀行へ行きT/Cを換金し、バスターミナルでゴルムド行きの切符を購入し、バルコルで土産を買う。午前中でほとんどの用事が済んでしまった。バナクショー・ホテルのカイラス・レストランで親子丼を食べる。美味しかった。
 1人で時間を過ごすのが久しぶりで、少し時間を持て余し気味だ。つまりヒマ。仕方ないので、シャワーを浴びてまたバルコルへ行く。無駄なお金を使ってしまった。ラサ滞在10日目。そして明日はゴルムドへ向け出発。
 夕方、部屋に男が1人やってきた。スウェーデンから来たらしい。わかりやすい英語で話してくれたので、いろいろ話ができた。どうも、僕は本当に寂しかったようだ。


11月8~9日(家路1~2日目)
 (この日記は11月10日に西寧で書かれた)朝9:00、ラサのバスターミナル発。ゴルムド行きの寝台バス(260元)に乗り込む。席は狭く、とてもくつろげない。外国人は僕と、一組のカップルだけだ(注:のちにロシア人カップルと判明)。明るいうちは暖かくて楽だったが、那曲(ナチュー)を過ぎて日が暮れてしまった後がしんどかった。窓は凍り付いてしまい、布団をかぶっても寒い。しかも標高5000m付近を通過するときがちょうど夜中で、息苦しくて眠れなかった。
 バスは広い平原や狭い山道、突然現れる雪原を、たまに休憩しながら進み続けた。でも風景を楽しむ余裕なんてない。途中、大平原の真ん中で野糞を初経験。11月9日午後2:30に、やっとゴルムドにたどり着いた。約30時間、ビスケット1箱とミネラルウォーター1.5リットルしか口にしていない。疲れた・・・。
 ゴルムドはとても奇妙な街だ。砂漠の真ん中に人工的に造られた街があり、駅前(注:当時はゴルムドまでしか鉄道が開通していませんでした)は広々としているが、ほとんど人影がない。街は大きそうだが、ほとんど車が通っていないし、飲食店も見当たらない。ゴルムドで一泊しようと思っていたが、街が不気味なので通り過ぎることにした。
 列車の時刻表をチェックすると、今日出発する列車は無いようだった。切符売り場も開いてない。結局バスターミナルに戻り、午後4:00発の西寧行きの寝台バスに乗ることにした。今度のバスは小型だが小奇麗で、ベッドも少し広く、暖房もしっかりしているので、快適に過ごすことが出来た。明るいうちに走り抜けたどこまでもまっすぐ続く道が印象的だった。夜は疲労と暖房の暖かさで熟睡。
 翌11月10日朝9:00、西寧着。ラサ~西寧間48時間のバスの旅。もう二度とヤダだ。風呂入りたい。しんどい。寒い。さよならラサ、さよならゴルムド。


11月10日(家路3日目)
 朝9:00西寧着。駅前で下ろされたので、そのまま上海行きの列車の切符を購入。軟臥660元。一番高級な寝台車で帰ることにした。そのあとタクシーで青海師範大学へ向かう。大学内で少し迷ったが、すぐに留学生楼にたどり着けた。留学生は全部で5人。日本人4人、ドイツ人1名らしい。久しぶりにI成に再会(注:彼は以前杭州大学に留学しており、その後転校して青海師範大学に移っていました。当時は携帯など無く、事前に連絡を取ることも出来なかったので、いきなり大学へ押しかけて無理やり探し出しました)。留学生楼の空き部屋を借りる。昼ごはんを食べ、昼寝して、大学前の屋台で晩御飯を食べて、シャワーを浴びる。久しぶりのシャワーで気持ちいい。2回頭を洗っても泡立たない。相当汚かったようだ。I成に夜食のうどんを食べさせてもらう。I成ありがとう!久しぶりに暖かな部屋のまともなベッドで眠る。幸せ。


11月11日(家路4日目)
 朝9:30に起きる。よく眠れた。後は上海へ向かうだけだ。I成がお昼ご飯を作ってくれた。日本の米に味噌汁、梅干と玉子焼き。とても美味しい。しかも残ったご飯をおにぎりにして持たせてくれた。ありがとう、I成。ところで、I成と一緒にご飯を作ってくれた女の子(満州族とチベット族のハーフらしい)は誰だろう。友人って言ってたけど・・・。カワイイ女の子だった。
 2人に駅まで送ってもらい、上海行きの列車に乗り込む。車内は快適だ。これなら3日くらいすぐに過ぎてしまいそう。ありがとうI成(と友人の女の子)。そして、サヨナラ西寧、サヨナラ西藏。
 車内でデカルトの『方法序説』(ラサで別れ際にK口君から譲り受けた)を読み始める。(ここからしばらく『方法序説』の感想、長いので省略します)少し休憩、おにぎりを食べる。


11月12日(家路5日目)
 朝8:30起床。早速『方法序説』の続きを読み始める。「我思う、ゆえに我あり」だってさ。おにぎりを食べる。美味しい。ありがとうI成。AM:10:30西安通過。旅の始まりの場所に帰ってきた。そして明日は上海。昼ごはんはカップ麺とおにぎりと味噌汁。(この後ずっと方法序説の感想、省略します)
 西寧を出て24時間以上過ぎた。そろそろヒマになってきた。上海に着くのは明日朝7:45。着いたらまずマクドへ行こう。長い旅も終わりが近づいている。明日で杭州出発からちょうど1ヶ月経つ。杭州の皆はどうしてるかな。明日の夕方には杭州に着く。


11月13日(家路最終日)
 朝6:45起床。もうすぐ上海、外の風景はすっかり江南のそれになっている。AM7:45上海着。ついに上海まで帰ってきた。そのまま切符売り場で夕方5:00発の杭州行きの切符を購入。1日都会を堪能しよう。
 伊勢丹とジャスコへ買い物へ。残り少ない資金でGショック購入(注:当時、これとナイキのスニーカーがかなり流行ってました)。残り資金ほとんどなくなる。こんな状況で普通買わないだろ、時計なんて。でもまぁいっか、長い旅も終わったし・・・。そのあとシャロン(ジャスコ内の日本食屋)でカツ定食を食べる。
 PM5:00上海発。PM8:00杭州着。いろんな人に「おかえり」と言われた。そういえばエリスはどうしてるかな、そろそろパネールに入ってる頃だろうか。


 ということで、無事チベットから帰ってくることが出来ました。当時は陸上交通の便が悪かったチベットも、青蔵鉄道の開通により、北京から48時間、西寧から27時間でラサに行けるようになったようです。97年当時はまだまだ秘境だったチベットも、今後は急速に観光地化が進みそうな感じです。またいつかチベットに行ってみたいと思っていますが、その頃にはチベットもすっかり変わってしまっているかもしれません。

[ 2006/10/07 16:46 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(6)

”10 days in Tibet” その5

 次は温泉編です。

11月5日(8日目)
 朝9:00ラサ発。ラサに今年初めて雪が降った。すぐに太陽が出てきて暖かくなってきた。悪路を5~6時間走ってディンクティに到着。山の斜面に寺があり、山頂で鳥葬が行われていることで有名らしいが、神聖な場所らしく、(鳥葬が行われる場所は)見ることが出来なかった。
tibet7.jpg
(↑ディンクティにて撮影)
 ディンクティからさらに山奥に向かってほとんど道のない谷間を1時間ほど走る。大きな丘を越えたところで、谷間の一番奥にティドン(注:温泉のある僧院)が見えてきた。スゴイ秘境だ!
tibet8.jpg
(↑ティドン到着直前に撮影)
 ここには電気が来ておらず、宿泊できる施設はひとつ(ひと部屋)しかなかった。ひどく殺風景な部屋にベッドが幾つかとベッド毎に毛布が一枚。他に何もない。他に選択肢はないので、男女6人(注:私・K口君・K藤君・エリスの他に、前日の夜に飛び入り参加してきたロバートとアンナがついてきていました)でその部屋に泊まることにした。僧院の中には1軒だけ売店があり、即席麺や果物などの必要最小限の食料が売っている。
 早速温泉に入ってみてビックリ。温泉の周りは石垣に囲まれて、井戸の中にいるような感じだったが、お湯は透明でいい湯加減だった。久しぶりの風呂だったので、すぐに疲れてしまったが、とにかくいい湯だった。
tibet9.jpg
(↑男湯の様子)
 一緒に風呂に入ったロバートが湯当たりしてフラフラしている。彼の彼女(注:アンナ)も同じように湯当たりしている。北欧の人は温泉に弱いのか?面白いカップルだ。
 ランドクルーザーの旅は快適で楽しかった。北京ジープだったら大変だったかも・・・。それにしても、こんな山奥に誰が寺なんか作ったんだろう(しかも露天風呂付き)。まぁとにかく温泉万歳!チベット最後の旅がこんな秘湯の旅になるとは思わなかった。
 夜中に再び風呂に入る。もう何も言うまい(書くまい)。一生忘れない!絵が貼り付けてあるような星空。ローソクの光で入る露天風呂。そしてチベット。ここに来てよかった。


11月6日(9日目)
 夜中に寒さと頭痛で目が覚める(注:ティドンは恐らく標高4000M超で、日没後の部屋の中は極寒でした)。防寒着などなく毛布だけでは寒さを防げないので、風呂に入る。AM4:00に3回目の風呂。辺りは真っ暗でものすごく星がきれいだ。AM8:00再び風呂に入る。AM9:00、出発前にもう一度風呂に入る。これで5回目だ。風呂万歳。
 AM10:30ティドン出発。途中で休憩して、そこで馬に乗る。1年ぶりに馬に乗った(注:1年前に内モンゴルに旅行してました)。K藤君落馬する。夕方4:30ラサ着。疲れたけどいい旅だった。運転手もいい人だった。
tibet10.jpg
(↑休憩中にエリスと記念撮影)
 そのあと、皆がネパールへ行くための買い物に付き合う。途中で皆と別れてエリスと2人でバルコルをぶらぶらと買い物。楽しい。みんな、明日にはネパールへ向かう。いいパーティーだったと思う。最後に皆で中華料理を食べに行く。帰りに杭州に長距離電話を掛けた。特に変わったことはないらしい。よかった。いよいよ杭州に帰るときが来た。


 日記を読むと、当時のことを鮮明に思い出します。ティドンの夜は本当に寒かったです・・・。当時私が持っていた服は薄手のヤッケ(写真に写ってる黄色いやつです)とトレーナーと長袖のTシャツ数枚だけでした。ティドンでは手持ちの服を全部着込んだのですが、それでも夜は寒さで眠れませんでした。この小旅行のあと、皆と別れて寂しくなるだろうと考え、杭州に帰ることにしました(手持ちの資金がなくなりかけてたのもありましたが・・・)。

[ 2006/10/04 23:33 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(4)

”10 days in Tibet” その4

 チベット滞在も後半に突入。後半はラサを出て色々な場所に出かけました。1日目はヤハ。

11月4日(7日目)
 AM9:00ラサ発。ランドクルーザーでヤハ(イエルハ)へ向かう。
tibet6.jpg
(↑休憩中に撮影)
 途中でチベット族の巡礼者の女の子4人組が路上で立往生していたので、車に乗せてあげる。2時間弱でヤハに到着。山の崖に沿って洞窟があり、それを右回りで巡礼していく。山道からの眺めが素晴らしい。天気がよく、暖かくて助かった。エリス、ジュディス、K口君とたくさん写真を取る。現像するのが楽しみだ。
tibet3.jpg tibet4.jpg
(↑山道の途中で撮影)
 山道を登っていくと、どこからかマニ車を持った老婆が現れた。ココに来るまでに人家はほとんど見なかったはずだけど・・・どこから来たんだろう。僕らを導くように先を歩いていく。
 チベット族の女の子4人もラサに帰るらしいので、帰りも彼女らを乗せて帰ってきた。車の中で僕が持っていたカセットテープをかける。JamiroquaiやOasis、Sheryl Crowのテープをかけると、エリスやジュディスは大喜びだった。助手席では僕がテープを入れ替え入れ替えし、エリス、ジュディス(とK口君)は後部差席でノリノリ、その後ろの荷台ではチベット族の女の子がキョトンと僕らを見ており、車はチベットの荒野を疾走するというなんともシュールなドライブだったけど、楽しかった。PM4:00ラサ着。
 ドライバーに明日の温泉行きのデポージットを500元払う。あ、領収書もらうの忘れてた・・・大丈夫かな。ちなみに、エリス23歳、ジュディス26歳であることが判明。(ホテルに)帰ってきてフロに入り、ロビーに「スターウォーズ II」を観に行くが、欧米人で席がいっぱい。部屋に戻り明日の準備。
 今日でラサに来て7日目。もう1週間も経つのか。このまままっすぐ杭州に帰っても、着くのは13日~15日ぐらいになるだろう。(杭州を)出発した頃に比べて、ずいぶん自分が変わってしまったような気がする。杭州に長距離電話を掛けたが繋がらなかった。明日の出発は9:00だ。


 次回は1泊2日の温泉編です。

[ 2006/09/28 21:51 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(0)







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