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『中国はいかにチベットを侵略したか』

 以前、チベットの旅行記を書いたときにチベットに関していろいろ調べているうちに見つけた本です。図書館で借りて読了。
中国はいかにチベットを侵略したか中国はいかにチベットを侵略したか
マイケル ダナム Mikel Dunham 山際 素男

講談社インターナショナル 2006-02
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 旅行当時からラサ市内外に立つ歩哨や人民解放軍の駐屯地を見たり、最も弾圧が厳しかったと言われるチベット東部(四川省との省境)への外国人立ち入り禁止措置などから、チベットは占領地なんだと感じていましたが、この本でチベットの近代史に関する認識が改まりました。チベット解放軍がCIAの援助を受けていたこと、チベットのゲリラ兵が沖縄で訓練を受けていたことなどはまったく知りませんでした。

 若い頃は『中国の赤い星』などを読んで人民解放軍は理想的な軍隊だなぁなんて無邪気に感心してましたが(創成期は実際そうだったのかもしれませんが)、中国統一後の周辺地域への侵攻の記述などを見ると、中国人の中華思想の根強さを感じます。

 現在のチベットは当時に比べればかなり豊かになっているのでしょうが、肝心のチベット人はそれについてどう考えているのか気になる一冊でした。青蔵鉄道の建設などについては、チベットの中国化を押し進めるものとして苦々しく思っているチベット人が多いのかもしれません。
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[ 2007/04/09 21:21 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(4)

”10 days in Tibet” 最終回

 最終回です。

11月7日(10日目)
 朝9:30、皆がネパールに向けて出発した。
tibet11.jpg
(↑出発直前に撮影)
 みな行ってしまった。部屋に帰って、妙に寂しく感じた。1週間程度の付き合いだったのに、随分親しくなったものだ。
 銀行へ行きT/Cを換金し、バスターミナルでゴルムド行きの切符を購入し、バルコルで土産を買う。午前中でほとんどの用事が済んでしまった。バナクショー・ホテルのカイラス・レストランで親子丼を食べる。美味しかった。
 1人で時間を過ごすのが久しぶりで、少し時間を持て余し気味だ。つまりヒマ。仕方ないので、シャワーを浴びてまたバルコルへ行く。無駄なお金を使ってしまった。ラサ滞在10日目。そして明日はゴルムドへ向け出発。
 夕方、部屋に男が1人やってきた。スウェーデンから来たらしい。わかりやすい英語で話してくれたので、いろいろ話ができた。どうも、僕は本当に寂しかったようだ。


11月8~9日(家路1~2日目)
 (この日記は11月10日に西寧で書かれた)朝9:00、ラサのバスターミナル発。ゴルムド行きの寝台バス(260元)に乗り込む。席は狭く、とてもくつろげない。外国人は僕と、一組のカップルだけだ(注:のちにロシア人カップルと判明)。明るいうちは暖かくて楽だったが、那曲(ナチュー)を過ぎて日が暮れてしまった後がしんどかった。窓は凍り付いてしまい、布団をかぶっても寒い。しかも標高5000m付近を通過するときがちょうど夜中で、息苦しくて眠れなかった。
 バスは広い平原や狭い山道、突然現れる雪原を、たまに休憩しながら進み続けた。でも風景を楽しむ余裕なんてない。途中、大平原の真ん中で野糞を初経験。11月9日午後2:30に、やっとゴルムドにたどり着いた。約30時間、ビスケット1箱とミネラルウォーター1.5リットルしか口にしていない。疲れた・・・。
 ゴルムドはとても奇妙な街だ。砂漠の真ん中に人工的に造られた街があり、駅前(注:当時はゴルムドまでしか鉄道が開通していませんでした)は広々としているが、ほとんど人影がない。街は大きそうだが、ほとんど車が通っていないし、飲食店も見当たらない。ゴルムドで一泊しようと思っていたが、街が不気味なので通り過ぎることにした。
 列車の時刻表をチェックすると、今日出発する列車は無いようだった。切符売り場も開いてない。結局バスターミナルに戻り、午後4:00発の西寧行きの寝台バスに乗ることにした。今度のバスは小型だが小奇麗で、ベッドも少し広く、暖房もしっかりしているので、快適に過ごすことが出来た。明るいうちに走り抜けたどこまでもまっすぐ続く道が印象的だった。夜は疲労と暖房の暖かさで熟睡。
 翌11月10日朝9:00、西寧着。ラサ~西寧間48時間のバスの旅。もう二度とヤダだ。風呂入りたい。しんどい。寒い。さよならラサ、さよならゴルムド。


11月10日(家路3日目)
 朝9:00西寧着。駅前で下ろされたので、そのまま上海行きの列車の切符を購入。軟臥660元。一番高級な寝台車で帰ることにした。そのあとタクシーで青海師範大学へ向かう。大学内で少し迷ったが、すぐに留学生楼にたどり着けた。留学生は全部で5人。日本人4人、ドイツ人1名らしい。久しぶりにI成に再会(注:彼は以前杭州大学に留学しており、その後転校して青海師範大学に移っていました。当時は携帯など無く、事前に連絡を取ることも出来なかったので、いきなり大学へ押しかけて無理やり探し出しました)。留学生楼の空き部屋を借りる。昼ごはんを食べ、昼寝して、大学前の屋台で晩御飯を食べて、シャワーを浴びる。久しぶりのシャワーで気持ちいい。2回頭を洗っても泡立たない。相当汚かったようだ。I成に夜食のうどんを食べさせてもらう。I成ありがとう!久しぶりに暖かな部屋のまともなベッドで眠る。幸せ。


11月11日(家路4日目)
 朝9:30に起きる。よく眠れた。後は上海へ向かうだけだ。I成がお昼ご飯を作ってくれた。日本の米に味噌汁、梅干と玉子焼き。とても美味しい。しかも残ったご飯をおにぎりにして持たせてくれた。ありがとう、I成。ところで、I成と一緒にご飯を作ってくれた女の子(満州族とチベット族のハーフらしい)は誰だろう。友人って言ってたけど・・・。カワイイ女の子だった。
 2人に駅まで送ってもらい、上海行きの列車に乗り込む。車内は快適だ。これなら3日くらいすぐに過ぎてしまいそう。ありがとうI成(と友人の女の子)。そして、サヨナラ西寧、サヨナラ西藏。
 車内でデカルトの『方法序説』(ラサで別れ際にK口君から譲り受けた)を読み始める。(ここからしばらく『方法序説』の感想、長いので省略します)少し休憩、おにぎりを食べる。


11月12日(家路5日目)
 朝8:30起床。早速『方法序説』の続きを読み始める。「我思う、ゆえに我あり」だってさ。おにぎりを食べる。美味しい。ありがとうI成。AM:10:30西安通過。旅の始まりの場所に帰ってきた。そして明日は上海。昼ごはんはカップ麺とおにぎりと味噌汁。(この後ずっと方法序説の感想、省略します)
 西寧を出て24時間以上過ぎた。そろそろヒマになってきた。上海に着くのは明日朝7:45。着いたらまずマクドへ行こう。長い旅も終わりが近づいている。明日で杭州出発からちょうど1ヶ月経つ。杭州の皆はどうしてるかな。明日の夕方には杭州に着く。


11月13日(家路最終日)
 朝6:45起床。もうすぐ上海、外の風景はすっかり江南のそれになっている。AM7:45上海着。ついに上海まで帰ってきた。そのまま切符売り場で夕方5:00発の杭州行きの切符を購入。1日都会を堪能しよう。
 伊勢丹とジャスコへ買い物へ。残り少ない資金でGショック購入(注:当時、これとナイキのスニーカーがかなり流行ってました)。残り資金ほとんどなくなる。こんな状況で普通買わないだろ、時計なんて。でもまぁいっか、長い旅も終わったし・・・。そのあとシャロン(ジャスコ内の日本食屋)でカツ定食を食べる。
 PM5:00上海発。PM8:00杭州着。いろんな人に「おかえり」と言われた。そういえばエリスはどうしてるかな、そろそろパネールに入ってる頃だろうか。


 ということで、無事チベットから帰ってくることが出来ました。当時は陸上交通の便が悪かったチベットも、青蔵鉄道の開通により、北京から48時間、西寧から27時間でラサに行けるようになったようです。97年当時はまだまだ秘境だったチベットも、今後は急速に観光地化が進みそうな感じです。またいつかチベットに行ってみたいと思っていますが、その頃にはチベットもすっかり変わってしまっているかもしれません。

[ 2006/10/07 16:46 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(6)

”10 days in Tibet” その5

 次は温泉編です。

11月5日(8日目)
 朝9:00ラサ発。ラサに今年初めて雪が降った。すぐに太陽が出てきて暖かくなってきた。悪路を5~6時間走ってディンクティに到着。山の斜面に寺があり、山頂で鳥葬が行われていることで有名らしいが、神聖な場所らしく、(鳥葬が行われる場所は)見ることが出来なかった。
tibet7.jpg
(↑ディンクティにて撮影)
 ディンクティからさらに山奥に向かってほとんど道のない谷間を1時間ほど走る。大きな丘を越えたところで、谷間の一番奥にティドン(注:温泉のある僧院)が見えてきた。スゴイ秘境だ!
tibet8.jpg
(↑ティドン到着直前に撮影)
 ここには電気が来ておらず、宿泊できる施設はひとつ(ひと部屋)しかなかった。ひどく殺風景な部屋にベッドが幾つかとベッド毎に毛布が一枚。他に何もない。他に選択肢はないので、男女6人(注:私・K口君・K藤君・エリスの他に、前日の夜に飛び入り参加してきたロバートとアンナがついてきていました)でその部屋に泊まることにした。僧院の中には1軒だけ売店があり、即席麺や果物などの必要最小限の食料が売っている。
 早速温泉に入ってみてビックリ。温泉の周りは石垣に囲まれて、井戸の中にいるような感じだったが、お湯は透明でいい湯加減だった。久しぶりの風呂だったので、すぐに疲れてしまったが、とにかくいい湯だった。
tibet9.jpg
(↑男湯の様子)
 一緒に風呂に入ったロバートが湯当たりしてフラフラしている。彼の彼女(注:アンナ)も同じように湯当たりしている。北欧の人は温泉に弱いのか?面白いカップルだ。
 ランドクルーザーの旅は快適で楽しかった。北京ジープだったら大変だったかも・・・。それにしても、こんな山奥に誰が寺なんか作ったんだろう(しかも露天風呂付き)。まぁとにかく温泉万歳!チベット最後の旅がこんな秘湯の旅になるとは思わなかった。
 夜中に再び風呂に入る。もう何も言うまい(書くまい)。一生忘れない!絵が貼り付けてあるような星空。ローソクの光で入る露天風呂。そしてチベット。ここに来てよかった。


11月6日(9日目)
 夜中に寒さと頭痛で目が覚める(注:ティドンは恐らく標高4000M超で、日没後の部屋の中は極寒でした)。防寒着などなく毛布だけでは寒さを防げないので、風呂に入る。AM4:00に3回目の風呂。辺りは真っ暗でものすごく星がきれいだ。AM8:00再び風呂に入る。AM9:00、出発前にもう一度風呂に入る。これで5回目だ。風呂万歳。
 AM10:30ティドン出発。途中で休憩して、そこで馬に乗る。1年ぶりに馬に乗った(注:1年前に内モンゴルに旅行してました)。K藤君落馬する。夕方4:30ラサ着。疲れたけどいい旅だった。運転手もいい人だった。
tibet10.jpg
(↑休憩中にエリスと記念撮影)
 そのあと、皆がネパールへ行くための買い物に付き合う。途中で皆と別れてエリスと2人でバルコルをぶらぶらと買い物。楽しい。みんな、明日にはネパールへ向かう。いいパーティーだったと思う。最後に皆で中華料理を食べに行く。帰りに杭州に長距離電話を掛けた。特に変わったことはないらしい。よかった。いよいよ杭州に帰るときが来た。


 日記を読むと、当時のことを鮮明に思い出します。ティドンの夜は本当に寒かったです・・・。当時私が持っていた服は薄手のヤッケ(写真に写ってる黄色いやつです)とトレーナーと長袖のTシャツ数枚だけでした。ティドンでは手持ちの服を全部着込んだのですが、それでも夜は寒さで眠れませんでした。この小旅行のあと、皆と別れて寂しくなるだろうと考え、杭州に帰ることにしました(手持ちの資金がなくなりかけてたのもありましたが・・・)。

[ 2006/10/04 23:33 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(4)

”10 days in Tibet” その4

 チベット滞在も後半に突入。後半はラサを出て色々な場所に出かけました。1日目はヤハ。

11月4日(7日目)
 AM9:00ラサ発。ランドクルーザーでヤハ(イエルハ)へ向かう。
tibet6.jpg
(↑休憩中に撮影)
 途中でチベット族の巡礼者の女の子4人組が路上で立往生していたので、車に乗せてあげる。2時間弱でヤハに到着。山の崖に沿って洞窟があり、それを右回りで巡礼していく。山道からの眺めが素晴らしい。天気がよく、暖かくて助かった。エリス、ジュディス、K口君とたくさん写真を取る。現像するのが楽しみだ。
tibet3.jpg tibet4.jpg
(↑山道の途中で撮影)
 山道を登っていくと、どこからかマニ車を持った老婆が現れた。ココに来るまでに人家はほとんど見なかったはずだけど・・・どこから来たんだろう。僕らを導くように先を歩いていく。
 チベット族の女の子4人もラサに帰るらしいので、帰りも彼女らを乗せて帰ってきた。車の中で僕が持っていたカセットテープをかける。JamiroquaiやOasis、Sheryl Crowのテープをかけると、エリスやジュディスは大喜びだった。助手席では僕がテープを入れ替え入れ替えし、エリス、ジュディス(とK口君)は後部差席でノリノリ、その後ろの荷台ではチベット族の女の子がキョトンと僕らを見ており、車はチベットの荒野を疾走するというなんともシュールなドライブだったけど、楽しかった。PM4:00ラサ着。
 ドライバーに明日の温泉行きのデポージットを500元払う。あ、領収書もらうの忘れてた・・・大丈夫かな。ちなみに、エリス23歳、ジュディス26歳であることが判明。(ホテルに)帰ってきてフロに入り、ロビーに「スターウォーズ II」を観に行くが、欧米人で席がいっぱい。部屋に戻り明日の準備。
 今日でラサに来て7日目。もう1週間も経つのか。このまままっすぐ杭州に帰っても、着くのは13日~15日ぐらいになるだろう。(杭州を)出発した頃に比べて、ずいぶん自分が変わってしまったような気がする。杭州に長距離電話を掛けたが繋がらなかった。明日の出発は9:00だ。


 次回は1泊2日の温泉編です。

[ 2006/09/28 21:51 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(0)

”10 days in Tibet” その3

 少し中弛みしてきましたが・・・日記の続きを。

11月2日(5日目)
 今朝は早起きしたので、デプン寺へ行くことに。AM9:00に宿を出て、デプン行きのバスに乗る。ラサの郊外すぐにあるので、20~30分で着いた。しかし、寺の麓で降ろされたので、上に向かって歩きながら寺まで行くバスを待つ。幸いすぐにバスがきたので、それに乗り寺に着く。
 デカイ寺だけど何もない。大昭寺と同じような感じだけど閑散としてる。途中でしんどくなったので、10時半頃には帰りのバスに乗った。そのバスにチベット族の僧侶が4人乗っていた。みな聡明そうでいい感じだったのだが、デプン寺の下の検問で公安(中国人)にバスから無理やり降ろされて、何か書かされていた。そのときの僧たちの様子はひどく卑屈で、なんだかミジメな気分になった・・・。
 ラサ市内に戻って中華料理を食べてホテルに戻ると、ロビーでK口君とK藤君がカイラス行きの同行者を集めるポスターを書いていた。手伝おうかと思ったけど、頭が痛く、部屋で寝ることにした。
 午後、起きてシャワーを浴びて、バルコルをブラブラ。お土産の小物を物色。ブルームーンでカレーを食べて帰ってきた。ロビーで「STAR WARS」I・IIが上映されるらしい。観ようかな。そうすると、出発は5日ということになる。
 ラサに来て5日目。残る観光地はポタラ宮だけだ。ゴルムド経由で帰るなら(予算に余裕があるから)お土産をたくさん買おう。
 欲しいものリスト:マニ車。チベット文字の書いてある指輪。お寺の玄関などにかかっている大きな布。


11月3日(6日目)
 AM9:30に起きて、リキシャでポタラ宮へ。雲ひとつないいい天気だ。留学生証を見せたら入場料は22元ですんだ。ポタラ宮の中は薄暗いが荘厳だ。バター茶とお香とホコリのにおいが入り混じって独特の雰囲気。ところどころでどこかの窓から陽光が差し込んでいる。順路に沿って進むが、ひどく広い。昇ったり降りたり、突然吹き抜けがあったり、中庭があったりと、中はかなり入り組んだ構造になっている。順路からから外れると迷子になりそうだ・・・。ダライ・ラマの玉座や寝室などが印象的だった。主のいない玉座は寂しい。特にチベットの場合、故宮と違って、本来そこに座るべき人がいるのだから。
 ポタラ宮の中で、僕の知っている日本人によく似たチベット人を2人見た。1人はIさん(注:学生時代にバイトしていたお寺のお坊さん)。ダライ・ラマの玉座の前で、「コンニチハ。ワタシ、チベット。アナタ、ニホン。トモダチ。」と声を掛けられた。もう1人はA藤(後輩の杭州留学生)。チベット人を一列に並ばせていた。ご苦労さん。
 ラサに来て6日目。ここでは、巡礼者、僧侶・公安・兵士をよく見かける。よく考えると不思議な街だ。
 午後、ホテルでくつろいでいると、突然あの女の子がやってきた。「”ディンクティ”という温泉に行くから!」と誘われた(カイラス行きは諦めたようだ)。もちろん行く。彼女はそのあとネパールに抜けるらしい。一度ラサに帰ってくるのだから問題ないだろう。水曜日に出発することになった。ちなみに彼女の名はエリス。名前もカワイイ。もう1人一緒に温泉に行くことになったのはオランダ人のジュディス。とても楽しみだ。
 夕方から5人(注:私、早大生2人、エリス、ジュディス)で旅行社へ。そこで突然ジュディスが”ヤハ”も行きたいと言い出した。なんでみんなこんな気まぐれなんだ?旅行社ではヤハ行きのツアーも温泉ツアーも取り扱っていないと言われ、さらに、ジュディスはヤハと温泉を廻るとネパールへ抜ける日程もきつくなるそうだ。結局、自分達で車とドライバーを雇って、日帰りでヤハへ、1泊2日で温泉へ行くことになった。
 5人の中で中国語が話せるのは僕だけだったので、まず北京ジープの運転手(注:こちらの方が価格が安い)の溜まり場に行って交渉するが、温泉(ディンクティ)の場所すら知らないの人ばかりだったので、ランドクルーザーの運転手(注:こちらは高級)の溜まり場へ。結局ランドクルーザーを雇い、ヤハまで500元、温泉まで1,600元で行くことになった。ヤハへは僕とK口君、エリス、ジュディス。温泉へは僕とK口君、K藤君、エリスが行く。
 夜「スターウォーズ」を観るが、なれない交渉で中国語を使いすぎて疲れたせいか頭が痛い。明日は8:30出発。夜中K口君とK藤君といろいろ話した。


 日記を引用しながら、ヤハ、ディンクティがどこだったのか思い出せなかったので、地図で探したり検索したのですが、結局どこかわかりませんでした。ヤハもディンクティもラサから東へ向かった先の山奥だったと記憶しています。どちらも地球の歩き方には載っていない場所で、エリスが"Lonely Planet"で見つけた所です。温泉のある場所は、中国語で”門巴”という地名だったと思うのですが、思い出せません・・・。
 また、この頃から、私とK川君、K藤君によるエリスを巡る三つ巴の戦いが始まります。

[ 2006/09/27 23:57 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(0)

”10 days in Tibet” その2

 "Google Earth"でラサ市内の衛星写真を発見したので、位置関係の確認を。
lhasa2.jpg

 写真に写っている範囲はほぼ徒歩で行き来できる距離だったので、この周辺でご飯を食べたり買い物したりしてました。この衛星写真を見る限りでは、ラサ市内は私が旅行した頃よりかなり綺麗になっているようです。97年当時はポタラ宮やバルコルの周りなどは、もっとゴミゴミしていたように思います。
 では日記の続きを。

10月31日(3日目)
 ラサ3日目。ラサは陽が昇るのが遅い。9:00頃にやっと太陽が現れる。杭州との時差は2時間くらいかな?今日はハロウィンだ。結局間に合わなかった。(杭州の)皆は楽しく過ごしているのかな。まだ頭痛は続いている。今日も1日休まないとダメかも。しんどい。
 10時頃起きて、大昭寺(バルコルの真ん中にある大きな寺院)へ行く。入場料が35元必要と書かれていたが、タダで中に入れてしまった。中には僧侶とこじきが沢山。そして巡礼者達が列を作っていた。寺院の前は五体投地をしている人々で溢れている。チベットの人々は信心深い。チベットは決して中国ではない。それを多くの中国人は知るべきだ。彼らには彼らの国家が必要だと思う。
tibet2.jpg
 バルコルを右回りで一週歩く。それだけで息が切れる。そういえば夜中に息苦しくて目覚めることが何度もある。1日の行動時間は長くて3時間くらいだろう。ホテルの前の店(浙江小吃)で肉ラーメンを食べて(美味しかった)、ホテルのロビーで絵葉書を書く。女の子宛ばかり。僕はこの中の誰が好きなのか?よくわからん。
 (午後)K口君達にもらった薬のせいか、それとも身体が慣れたせいか、とにかく調子がいい。3時頃から再び外出。郵便局へ行って絵葉書を出して、ハンバーガーを食べに行く。美味しい!店を経営しているのは四川省からの移民漢族だった。そのまま歩いて少昭寺へ。でも何もない。約一時間半の外出。
 夕方もう一度ハンバーガー屋へ行く。今度はチャーハンを食べて失敗した。旨いのはハンバーガーだけだった。少し動きすぎた。しんどい。まだ身体の調子がよくないようだ。今日はもう寝よう。明日からペントック・ホテルの宿泊料金が冬料金(25元)になる。(このあとの日記に何ページも独り言が書かれていますが、とても恥ずかしい内容なので省略)


11月1日(4日目)
 朝起きると頭が痛い。でもフロントにかわいい女の子(多分チベット族)がいたので、ロビーで朝ごはんを食べてくつろいだ。フロントの女の子に3人分の洗濯を頼んで(10元)、買い物に出かける。ラサ市内にもいくつかスーパーがある。カップうどんも売っていた。少し歩いたので頭が痛い。
 ホテルに帰ってきて、ロビーで早大生2人組とダベっていると、金髪の女の子が僕に向かって「成都であなたを見かけた」と声を掛けてきた。とってもかわいい女の子だったので4人で話していると、どうも彼女は”カイラス”へ行くつもりらしく、男3人はその場で「俺達も行く!」と言ってしまった(このとき僕らは”カイラス”がどこにあるかさえ知らなかった)。調子に乗って「行く」と言ったのはいいが、本で調べてみるとカイラスへ行くのに1週間、しかも10万円近くかかるらしい。
tibet-x.jpg
 絶対行けるわけない(注:この時点の所持金は10万円を切っていました)。ダメ、早く帰ろう。でも彼女カワイイ。フロントの女の子もカワイイ。ラサはすごい所だ。
 ところで、ついに11月になってしまった。いつになったら帰れるんだろう。ラサは快適なので動く気がしない。ちゃんとした観光すらしてない。明日は早起きしてポタラ宮へ行こう。絶対に!ホテルが快適すぎるのも問題かも。
 夜はヤク・ホテルに泊まっている早稲田の女子と男3人で火鍋を食いに行く。辛くない鍋を頼んで、久しぶりに日本人の女の子と話した。9時半ごろホテルに帰ってきて、例の女の子とまた話す。カイラスから雲南へ行きたいらしい(注:ラサを起点にすると”カイラス”と”雲南”は正反対の方向になります)。雲南ならいけるかも、と少し考える。


 そして、このあと、この女の子(後にバンコクで英語教師をしているアメリカ人と判明)に連れられて、色々なところへ出掛けることになりました。

[ 2006/09/25 22:23 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(4)

”10 days in Tibet” その1

 abitaさん、ぱんださんから中国放浪記のリクエストがあったので、当時の記憶を確かめるべく、押入れから昔の日記を取り出してきました。日記が一番充実していたのがチベット旅行のくだりだったので、チベット旅行記を書いてみようと思います。
 当時の日記(↓)
1013-1113.jpg

 私がチベットチベット自治区)入りしたのは1997年10月29日。当時の日記をそのまま引用します。

10月29日(1日目)
 AM04:30に起きて、ホテルのロビーへ。外国人十数人(日本人は僕1人)と共にバスで飛行場へ。飛行機は06:58発だ。いよいよラサ、さよなら成都。空港は曇っていたけど、離陸して厚い雲を抜けるとすでに陽が昇り始めていた。飛行機は西に向かっていて、後ろの方から太陽が昇ってきている。四川盆地は厚い雲に覆われているようだ。
 AM09:50、ラサ空港に着く。とても爽やかだけど寒い。旅行社のバスでラサ市内へ。途中で大仏の壁画の横を通って、ラサ市内へ着いたのは12:00頃。約1時間50分かかった。ヤク・ホテルの前でバスから降ろしてもらう。
 ヤク・ホテルはドミトリーで1泊20元。日本人バックパッカーがたくさんいた。少し頭が痛い。近所でポテトを食べて、ラサ・ラーメンを食べて帰ってくる。ペントックというホテルを見てきたけど、結構よかった。ペントックに移ろうかな・・・。頭痛がひどいので少し昼寝した。起きて回復したので、辺りをブラつく。ヤク・ホテルを出て、まず東へ。少し歩くとポタラ宮が見えてきた。
tibet1.jpg(1997/10/31撮影)
 すごい、すごい、すごい。北京の故宮よりスゴイ!(←)なんて貧弱な言葉だろう・・・。夕日がちょうどポタラ宮の正面に当たっていてとても綺麗だった。本当に来てよかった。そのあとは、八角街(バルコル)をブラブラする。ここは中国じゃない。ここもスゴイ。真ん中にデカイ寺があって、周りの通りには色々な露天が出ている。ダライ・ラマの写真なんかも売っている。問題ないのだろうか?
 ヤク・ホテルへ戻る。ちなみに、相部屋の旅行者達はスゴイ。3週間もチベットにいる主婦(1人で)。これからヒマラヤへ行く人々、ゴルムドからラサまで自転車で来た人。ちょっとついていけない・・・。夕方から、知り合いになったバナクショー・ホテルの日本人の部屋へ行き、その後チャーハンとジャージャー麺を食べに行く。ウンコの話で盛り上がる。いつも通りだ。
 ラサについて1日目。少し張り切りすぎた。しんどくなってきた。頭痛いし。熱もあるようだ。もう寝よう。明日はペントック・ホテルへ移ろう。


10月30日(2日目)
 ラサ2日目。朝のうちにペントックへ移る。とてもいい感じのホテル。でもフロントのおじさん(チベット人)は中国語を嫌っているようだった。そういえば、スノーランド・レストランでも同じような感じだった。チベット人は恐らく中国人が嫌いなんだろう。
 ペントックにチェックインしてから、身体の調子がよかったので、ちょっと歩き回ったが、1~2時間でフラフラになってしまった。バスでバルコルまで帰ってきて、スノーランドでインド・カレーを食べるが、クラクラして倒れそうになった。午後はホテルでずっと寝る。夕方、相部屋の2人の日本人が帰ってきて、少し話す。2人とも早稲田大学の学生で、1人はK口君、もう1人はK藤君。
 どうも少しでも疲労すると頭痛がやってくるようだ。ゆっくり滞在して1日1ヵ所ぐらいのペースで観光しよう。ちなみにゴルムドまでバス36時間で280元、西寧までバスで48時間380元だった。帰りはやはりバスか?体調しだいかな・・・。絵葉書でも書いて過ごそう。明日は。
 ところで、どうもチベット人(チベタンと呼ぶらしい)は中国人が嫌いなようだ。今でも彼らは被征服民なので、当たり前の話だが。少し中国語を控えた方がいいのかもしれない。中国語を話しているときに彼らの冷たい態度を感じる。今ラサに住んでいる中国人は何を感じているのだろうか。チベット人からの反感を感じたことはないのだろうか。路上でチベット人と漢人が喧嘩しているのをよく見かける。
 夜には元気が出てきたのでブルー何とかっていうレストランでカレーを食べる。おいしかった。ホテルで早大生の2人とずっと話す。2人とも面白い。なぜかとても日本に帰りたくなった。杭州へでもいいから帰りたい。
 追記:ペントック・ホテルの料金はドミトリー(6人部屋)で1泊35元。サービスがいい。サンダル・カップ・タオル大小有り。ロビーがきれい。ロビーでの映画上映日有り。お湯が24時間出る!英語可。バルコル近くで便利。洗濯10元。トイレにちゃんとトイレットペーパーがある。欧米人に人気。
 追記2:チベット語講座。こんにちは=”タシデレ”。ありがとう=”トゥジェチェ”。


 ということで、初日と2日目は高山病にやられて、意識が朦朧としており、ろくに観光も出来ませんでした。行動範囲もラサ市街地の中心部、バルコル周辺だけでした。この旅行では、もともとチベットに行く予定はなかったので、寒さ対策をまったく行っておらず、後々まで寒さに苦しめられることになります・・・。

[ 2006/09/25 03:00 ] "10 days in Tibet" | TB(0) | CM(0)







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