最終回です。
11月7日(10日目)
朝9:30、皆がネパールに向けて出発した。

(↑出発直前に撮影)
みな行ってしまった。部屋に帰って、妙に寂しく感じた。1週間程度の付き合いだったのに、随分親しくなったものだ。
銀行へ行きT/Cを換金し、バスターミナルでゴルムド行きの切符を購入し、バルコルで土産を買う。午前中でほとんどの用事が済んでしまった。バナクショー・ホテルのカイラス・レストランで親子丼を食べる。美味しかった。
1人で時間を過ごすのが久しぶりで、少し時間を持て余し気味だ。つまりヒマ。仕方ないので、シャワーを浴びてまたバルコルへ行く。無駄なお金を使ってしまった。ラサ滞在10日目。そして明日はゴルムドへ向け出発。
夕方、部屋に男が1人やってきた。スウェーデンから来たらしい。わかりやすい英語で話してくれたので、いろいろ話ができた。どうも、僕は本当に寂しかったようだ。
11月8~9日(家路1~2日目)
(この日記は11月10日に西寧で書かれた)朝9:00、ラサのバスターミナル発。ゴルムド行きの寝台バス(260元)に乗り込む。席は狭く、とてもくつろげない。外国人は僕と、一組のカップルだけだ(注:のちにロシア人カップルと判明)。明るいうちは暖かくて楽だったが、那曲(ナチュー)を過ぎて日が暮れてしまった後がしんどかった。窓は凍り付いてしまい、布団をかぶっても寒い。しかも標高5000m付近を通過するときがちょうど夜中で、息苦しくて眠れなかった。
バスは広い平原や狭い山道、突然現れる雪原を、たまに休憩しながら進み続けた。でも風景を楽しむ余裕なんてない。途中、大平原の真ん中で野糞を初経験。11月9日午後2:30に、やっとゴルムドにたどり着いた。約30時間、ビスケット1箱とミネラルウォーター1.5リットルしか口にしていない。疲れた・・・。
ゴルムドはとても奇妙な街だ。砂漠の真ん中に人工的に造られた街があり、駅前(注:当時はゴルムドまでしか鉄道が開通していませんでした)は広々としているが、ほとんど人影がない。街は大きそうだが、ほとんど車が通っていないし、飲食店も見当たらない。ゴルムドで一泊しようと思っていたが、街が不気味なので通り過ぎることにした。
列車の時刻表をチェックすると、今日出発する列車は無いようだった。切符売り場も開いてない。結局バスターミナルに戻り、午後4:00発の西寧行きの寝台バスに乗ることにした。今度のバスは小型だが小奇麗で、ベッドも少し広く、暖房もしっかりしているので、快適に過ごすことが出来た。明るいうちに走り抜けたどこまでもまっすぐ続く道が印象的だった。夜は疲労と暖房の暖かさで熟睡。
翌11月10日朝9:00、西寧着。ラサ~西寧間48時間のバスの旅。もう二度とヤダだ。風呂入りたい。しんどい。寒い。さよならラサ、さよならゴルムド。
11月10日(家路3日目)
朝9:00西寧着。駅前で下ろされたので、そのまま上海行きの列車の切符を購入。軟臥660元。一番高級な寝台車で帰ることにした。そのあとタクシーで青海師範大学へ向かう。大学内で少し迷ったが、すぐに留学生楼にたどり着けた。留学生は全部で5人。日本人4人、ドイツ人1名らしい。久しぶりにI成に再会(注:彼は以前杭州大学に留学しており、その後転校して青海師範大学に移っていました。当時は携帯など無く、事前に連絡を取ることも出来なかったので、いきなり大学へ押しかけて無理やり探し出しました)。留学生楼の空き部屋を借りる。昼ごはんを食べ、昼寝して、大学前の屋台で晩御飯を食べて、シャワーを浴びる。久しぶりのシャワーで気持ちいい。2回頭を洗っても泡立たない。相当汚かったようだ。I成に夜食のうどんを食べさせてもらう。I成ありがとう!久しぶりに暖かな部屋のまともなベッドで眠る。幸せ。
11月11日(家路4日目)
朝9:30に起きる。よく眠れた。後は上海へ向かうだけだ。I成がお昼ご飯を作ってくれた。日本の米に味噌汁、梅干と玉子焼き。とても美味しい。しかも残ったご飯をおにぎりにして持たせてくれた。ありがとう、I成。ところで、I成と一緒にご飯を作ってくれた女の子(満州族とチベット族のハーフらしい)は誰だろう。友人って言ってたけど・・・。カワイイ女の子だった。
2人に駅まで送ってもらい、上海行きの列車に乗り込む。車内は快適だ。これなら3日くらいすぐに過ぎてしまいそう。ありがとうI成(と友人の女の子)。そして、サヨナラ西寧、サヨナラ西藏。
車内でデカルトの『方法序説
』(ラサで別れ際にK口君から譲り受けた)を読み始める。(ここからしばらく『方法序説』の感想、長いので省略します)少し休憩、おにぎりを食べる。
11月12日(家路5日目)
朝8:30起床。早速『方法序説』の続きを読み始める。「我思う、ゆえに我あり」だってさ。おにぎりを食べる。美味しい。ありがとうI成。AM:10:30西安通過。旅の始まりの場所に帰ってきた。そして明日は上海。昼ごはんはカップ麺とおにぎりと味噌汁。(この後ずっと方法序説の感想、省略します)
西寧を出て24時間以上過ぎた。そろそろヒマになってきた。上海に着くのは明日朝7:45。着いたらまずマクドへ行こう。長い旅も終わりが近づいている。明日で杭州出発からちょうど1ヶ月経つ。杭州の皆はどうしてるかな。明日の夕方には杭州に着く。
11月13日(家路最終日)
朝6:45起床。もうすぐ上海、外の風景はすっかり江南のそれになっている。AM7:45上海着。ついに上海まで帰ってきた。そのまま切符売り場で夕方5:00発の杭州行きの切符を購入。1日都会を堪能しよう。
伊勢丹とジャスコへ買い物へ。残り少ない資金でGショック購入(注:当時、これとナイキのスニーカーがかなり流行ってました)。残り資金ほとんどなくなる。こんな状況で普通買わないだろ、時計なんて。でもまぁいっか、長い旅も終わったし・・・。そのあとシャロン(ジャスコ内の日本食屋)でカツ定食を食べる。
PM5:00上海発。PM8:00杭州着。いろんな人に「おかえり」と言われた。そういえばエリスはどうしてるかな、そろそろパネールに入ってる頃だろうか。
ということで、無事チベットから帰ってくることが出来ました。当時は陸上交通の便が悪かったチベットも、
青蔵鉄道の開通により、北京から48時間、西寧から27時間でラサに行けるようになったようです。97年当時はまだまだ秘境だったチベットも、今後は急速に観光地化が進みそうな感じです。またいつかチベットに行ってみたいと思っていますが、その頃にはチベットもすっかり変わってしまっているかもしれません。
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秘境の旅、ワクワクしながら堪能させていただきました。
特にエリスちゃんをめぐる男の戦いというあたり、あいのりのBGMが聞こえてきそうでした。
青春だぁー!!(>_<)
>水瀬さん
ありがとうございます。残念ながらエリスを口説き落とすほどの英語力は私にはなく、英語が堪能な早大生の2人に終始リードされっぱなしでした・・・。
彼女がネパールに向かう前日に、ラサの露天街を2人きりで散歩したとき、何か一言でも気の利いたことを言うか、そっと手でも握っとけばよかったのになぁと、別れた後に猛反省したことを憶えています(笑。
Itoさん、こんにちは。
10 days in Tibet 楽しく読ませてもらいました。ありがとうございます。
(本日、久しぶりにネットに繋げたもので...)
リクエストに答えていただき、さらにイトピのかっこいいお姿まで晒していただいて感謝です(笑)
>(杭州を)出発した頃に比べて、ずいぶん自分が変わってしまったような気がする。
「あんなだったけれど、こんなことがあったりで、どんなふうになってしまったようだなぁ。」
なんてことが聞いてみたかったり...(いやぁ、そんなことは酒でも飲まなきゃ話せませんね 笑)
> ディンクティ山の鳥葬
たいした言葉をもたない私には、ため息が出るだけです。行ってみたいなぁ。
ちなみに、写真の中で一番、キュンときたのは、赤茶けた当時の日記の画像だったり(笑)
>abitaさん
お帰りなさい。イスタンブール(でしたよね?)は如何でしたか?
チベット旅行記、楽しんで頂けたようで幸いです。写真は9年前のもので、今は中年化してすっかり別人です。なので、晒しても安心です(笑。
「あんなだったけれど、こんなことがあったりで、どんなふうになってしまったようだなぁ。」については、当時書いた日記原文にいろいろ書いてあったんです。今回引用した当時の私の日記には、現在の私の検閲により削除されている部分がかなりあります。写真の赤茶けた日記帳には約1年半の留学生活の記録と、帰国後半年くらいの生活の様子が書かれており、甘酸っぱい思い出満載で読んでて自分で恥ずかしくなります(笑。
もしチベットに行かれる機会があれば、ディンクティと言わず、是非”聖地カイラス山”を目指してみてください!
バスで30時間は凄いですね。私の最高記録は18時間です。
また旅をしたいですが、今年産まれた長女を筆頭にこれから子作り・育児に専念するので、海を渡るのは当分先になりそうです(育児も愉しいので苦ではありませんが)。
ちなみに、株式投資で経済的自由を手に入れたら、陸路で世界を一周したいという夢があります。サラリーマンではどんなに頑張っても2週間がやっとですから・・
>空色さん
こんばんは。
先日参加したジム・ロジャーズのセミナーでは、世界一周を夢見ている人は多いが、実行できる人は少ないって話が出てました。ジム・ロジャーズが、これからバックパッカーとして世界一周を目指している若者に対して、「これは困難なことだかやり遂げる価値はある」と言っていたのが印象的でした。
実はうちも子供が出来ました。来年生まれる予定です。またまたジム・ロジャーズの話になりますが、ジム曰く、「子供を育てるということは、私にとって世界一周と同じくらいの冒険だ」といったようなことも言ってました。
空色さんとは年齢も近いし、考え方が似ているように感じますので、ブログを拝読させて頂くとなんだか親近感を感じます。
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